アオバトは5月~10月頃になると、海水や鉱水などの、塩分を含む水を飲む姿が観察されています。塩分をゴクゴクと大量に摂取する鳥は、世界的に見ても大変まれで、アオバトの仲間としては日本のアオバトでしか確認されていません。アオバトのこの不思議な行動は、いったいどんな理由で行われているのでしょう。現在考えられている説をご紹介いたします。
現在考えられている説
まず初めに結論から言うと、アオバトが海水や塩分を含む理由については、まだはっきりと解明されていません。しかし、いくつか「こうではないか」と言われている説があるので、ご紹介いたします。
- 子育ての時に大量のミネラルが必要だから
- アオバト特有の体質により飲まないと生きていけないから
- 果実食によりナトリウムが不足するのを補うため
各説について、詳しく見ていきましょう。
説その1・子育ての時に大量のミネラルが必要だから?
アオバトは、体内で作りだした「ピジョンミルク」という液体を吐き出してヒナに与え、子育てをします。これは、オスでもメスでも作り出せる液体です。アオバトが大量に塩分を摂取するのは5月~10月頃で、繁殖期と重なります。
そういった理由から、塩水を飲むのはピジョンミルクを作り出すために、アオバトが主に食べている果物だけでは補えないミネラルを補給するためという説です。体内で子供への栄養分を作り出すのですから、当然ミネラルはたくさん必要になるでしょう。
同じくピジョンミルクを作るドバトやキジバトは塩水を摂取しない
実は、同じハトの仲間であるドバト(カワラバト)やキジバトも、ピジョンミルクで子育てをします。しかし、ドバトやキジバトは、アオバトのように塩水を摂取するという行動はしません。
さらに、その年に生まれたと思われるアオバトの幼鳥でも、塩分を飲む行動は確認されています。まだ子育てをせず、ピジョンミルクも必要ない幼鳥が塩分を大量に飲むとは、どういうことでしょう。

これらの理由から、塩水を飲んでいる理由が「ピジョンミルクのため」と言い切るには、少々疑問が残ります。
説その2・アオバト特有の体質により飲まないと生きていけないから?
では、次の説はどうでしょうか。
同じハトの仲間のドバトやキジバトは塩分を大量摂取しないけれど、アオバトは大量摂取する。ということは、これはアオバトがもともと、塩水を飲まないと生きていけない体質の鳥だから、という説になります。そうだとすれば、ハトの仲間でもアオバトしか塩分をとらないのも、性成熟していない幼鳥が飲むのも納得できます。
飼育下のアオバトは塩分を必要としない?
アオバトが塩分をとらずにはいられない体質の鳥だったとしたら、飼育下のアオバトはどうしているのでしょうか。そこで、野生のアオバトを保護している千葉県市川市にある野鳥病院に質問をしてみました。すると下記のように丁寧なご回答を頂きました。
- 保護しているアオバトは、保護飼育してから何年たちますか?
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現在(2021年1月時点)、7年2ヶ月、2年2ヶ月、1年1ヶ月の3羽を収容・飼育しています。
- 保護しているアオバトには、どんな食べ物を与えていますか?
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基本的には市販のハト用配合飼料を与えています。秋には柿を与える事もあります。入所当初はドッグフード・九官鳥フード(いずれもペレット状のもの)を水でふやかしたものも出しています。
かつてはお茶の葉(人が飲んだ緑茶の残り)を乾燥させたものをハト餌に混ぜていました。ビタミン補給を意図していたと聞いております。 - 保護しているアオバトに、塩水(塩分)は与えていますか?
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以前は塩土を与えていましたが、近年は出していません。(無くても大丈夫そうなので)
過去の記録(2000年以降47個体)を調べてみたところ、1度塩水を与えた記述がありました。ただ継続して与えていたことは無いはずです。 - 過去に保護していたアオバトの死因について
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ほとんどが衝突による外傷・裂傷・失明個体で、死因もそれによるものが多いです。
この回答により、飼育下のアオバトは、塩分が無くても長生きすることができるということがわかりました。「塩水を飲まないと生きていけない体質だから」と言い切るのも、難しいようです。
説その3・果実食によりナトリウムが不足するのを補うため?
説その3は、アオバトは主に果実食であるため、果実ではとることができない塩分(ナトリウム)を補うために塩分を摂取しているというものです。現在、一番有力と思われるのがこの説になります。
それを裏付けるカギをいくつかご紹介しますので、アオバトの謎を紐解いていきましょう。
謎を解くカギその1・アオバトが果実食になるのは夏の時期
野生下のアオバトは、早春は木の芽や若葉、花びらなどを食べますが、5月~10月頃になるとヤマザクラやコウゾ、クワやミズキなどの果実を多く食べるようになります。そして11月~冬の間は、どんぐり類をよく食べます。

謎を解くカギその2・アオバトが塩分をとるのは夏場だけ
5月~10月頃になると、アオバトは毎日群れになって海水や鉱水を飲む様子が観察されます。しかし、11月~4月頃の冬場になると、ぱったりと飲む姿は観察されなくなるのです。このことから、アオバトが塩分をとるのは食べ物と関係しているのではないかと考えることができます。
謎を解くカギその3・「フルーツのみで生活」している人が唯一摂取するものが「塩」
近年、ベジタリアンならぬ、「フルータリアン(果実主義者)」という食生活が注目を集めています。その中でも、中野瑞樹さんという方は、なんと10年以上もフルーツのみで生活しているそうです。
フルータリアンである中野さんが食べているものは、ミカン、リンゴ、ナシ、モモ、メロン、スイカなど、水分量の多い「果実」を中心としているそうです。アオバトと似たような食生活ですね。
しかし、その徹底したフルーツ食でも唯一必要なのが「塩」と中野さんは以下の記事で語っていました。
フルーツに塩分は含まれていないので、フルーツのみの生活を始めて1ヵ月もすると、塩分が欲しくてたまらなくなりました。なので、途中から塩だけなめていました。よく野生動物のドキュメントなんかを見ていると、牛やカモシカが土や岩の中の塩をなめているシーンを見ることがあるんですが、草ばっかり食べている彼らが塩を欲しがる気持もものすごくわかりました(笑)。
引用元:週プレNEWS 7年間「フルーツしか食べない男」が激痩せしても精力アップ、驚異の健康生活とは…
果実食では、塩分(ナトリウム)をとることができません。ナトリウムが足りなくなると、筋肉の痛みや下痢、極度の疲労や食欲不振におちいり、最悪の場合死に至ることもあるそうです。
カギから導き出される答えとは
アオバトは夏の時期に果実食になる。海水や鉱水を飲むのは夏の時期だけ。そして、果実食だと塩分(ナトリウム)不足になり、塩分を欲するようになる。そのため、ナトリウムを補うために海水や鉱水を飲んでいるのではないか、というのがこの説です。
「説その2・アオバト特有の体質により飲まないと死んでしまうから」に近いように感じますが、「アオバトがもともと持っている生まれ持った体質だから」というよりは、「食べ物によって塩水を飲まずにはいられない体質に変化している」という考え方です。
飼育下でのアオバトが塩分を必要としないのは、普段与えている飼料の中にナトリウムが含まれているから、と考えられます。
まとめ~現在一番有力な説は「ナトリウムを補うために飲んでいる」~
野生下のアオバトがなぜ海水や鉱水を飲むのか。いろいろな説がありますが、現在一番有力な説は、「説その3」の「果実食によりナトリウムが不足するのを補うため」です。
しかし、「果実食によるナトリウム摂取のため」が100%の理由かどうかはわかりません。ピジョンミルクを作るためであり、アオバト特有の性質もあるのかもしれません。いろいろな説が複雑に関係している可能性があるのです。
新たな説!?「ヨウ素を補うために飲んでいる」説
最初に申し上げたように、実際のところどうしてアオバトが海水や鉱水を大量に飲むのかはアオバトにしかわからない、というのが現状です。
この行動に関して、食に関する大学の教授に伺ったところ、「ナトリウムを摂取しているにしては、あの飲み方は少々過剰ではないか」と、以下のようなご意見も頂きました。
「栄養学的に、鉱泉(種類にもよりますが)、海水をごくごく飲むのはナトリウムのとり過ぎだろうと思います。鉱泉や海水に関しては、カルシウムやヨウ素かもしれないですね。ヨウ素は、甲状腺ホルモンに必須の成分です。鳥類では、換羽、渡の前に脂肪を貯めるなどの作用が有名のようですね。」
ヨウ素は海水中に0.06mg/Lしか含まれないそうです。微量であるため、温泉成分に含まれているかどうかは、詳細な分析をしなければわかりません。新たな説のひとつとして、今後注目して行きたいです。
終わりに~アオバトの生活は謎だらけ~
科学技術が発達した昨今でも、野生動物の行動は解明されていないことだらけです。アオバトの生態も、まだまだ謎がいっぱい。不思議があるからこそ、それだけ魅力的な鳥です。
群馬県上野村には、毎年数百羽のアオバトがやってくる鉱泉があります。ここでも、5月下旬~10月頃まで連日、ゴクゴクと鉱水を飲むアオバトたちの姿が確認されています。

この場所を管理している「アオバトの谷PROJECT」では、今後、鉱泉の詳しい成分分析などを行い、この謎についても考えていけたらと思っています。
もしも、他に「私はこう思う」という説がありましたら、是非教えて下さい。
ーーちなみに、今回のお話とは趣旨が外れるのですが、先ほどご紹介したフルータリアンの中野さんの話に、面白い内容がありました。日本の冬は寒すぎるため、ナッツ類を食べないと痩せてしまうというのです。
日本の冬は寒すぎるので、体温維持のため体内の脂肪をいっぱい燃やすせいか、夏よりもうんと痩せます。ナッツ類を食べなかった一昨年の冬は、体重が45kgにまで減ってしまい、ウエストも60㎝を切ってしまいました。この時はさすがにやばいと思いました(笑)。
引用元:週プレNEWS 丸7年間「フルーツしか食べない男」が死ぬ覚悟で自らを実験台にした理由
なので、冬場などはフルーツだけではダメ。栗などで補い、体重維持に努めないといけないことがわかりました。確かに、冬眠する前の熊もどんぐりや木の実をお腹いっぱい食べますよね。そんな熊の気持がよくわかりましたよ(笑)。
アオバトも冬場はどんぐりを大量に摂取します。中野さんの生活、なんだかアオバトそのものな食生活ですね。機会があれば、アオバトの食生活から何を感じるか、伺ってみたいです。
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